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トミ・レブレロ  ―ブエノスアイレス・インディペンデント・シーンの異才 

 

山形国際ドキュメンタリー映画祭「ラ テンアメリカ」特集、その関連企画 として催されるスペシャルライブのために4 年ぶりに、ブエノスアイレスからトミ・レブ レロが山形を訪れる。「くるり」の主催す る京都音楽博覧会 2015 に招聘されての 来日で、京都ではくるりの演奏に参加する。 これに合わせて全国ツアーが行われること となり、今回の来形へと繫がったのだ。こ の時期に丁度日本にいて、そして映画好 きで知られる彼が、映画祭のスペシャルラ イブの演奏者として招聘されるというのは 偶然とは思えない出来事だ。 さて、ブエノスアイレス、そしてバンドネ オン奏者と聞けば、直感的に「タンゴ」を 思い浮かべるのは、至極当然の反応と言 えよう。が、トミの音楽はその直感を全く 覆すものだ。クラシックなタンゴを期待され ている方には申し訳ないが、彼の音楽はそ ういう伝統的なものではない。彼のキャリ アは、オルケスタ・ティピカ・フェルナンデ ス・フィエーロ(Orquesta Típica Fernández Fierro)という、タンゴを基調とするユニッ トから始まった。彼はその創設者のひとり でもあるが、このグループは先鋭的で過 激なパフォーマンスで知られ、キャリアの スタートから普通のタンゴではないのだ。 2005 年以降はバンドネオンのみならず、 ギターも弾き自ら歌も歌う、シンガー・ソン グライターとしての活動を開始。現在まで 4 作のオリジナル・アルバムと2 作のサウ ンド・トラックを発表。その音楽性は、タ ンゴやフォルクローレといったアルゼンチン の伝統音楽の香りを僅かに残してはいるも のの、ジャンルに全く縛られない彼独自の 音楽で、ブエノスアイレス文化の発信地、 パレルモ地区のインディペンデント・シーン を代表するものだ。バンドネオンにエフェ クター、リズムボックスにラップまでをも取 り入れた彼の音楽は、こう書けば実験的 で前衛的なものと想像されるかもしれない。 が、彼の音楽は決して難しいものではな い。新しい方法論の中に素朴で人懐っこ い人間性が凝縮されている。率直な感性 を楽曲に綴った彼の歌は、決して上手いと は言えないが、我々の琴線に響く魅力があ る。彼の音楽の一端は、フランスの映像 作家ヴィンセント・ムーンの「Take Away Show #104」や、「「松尾芭蕉」filmed by 三田村亮」をYouTubeで是非ご確認 頂きたい。映画祭での一期一会のライブ、 トミが運んでくるブエノスアイレスの今を多 くの方に体験して頂きたい。

 

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食の記憶、旅の記憶―山形の今を感じられる店 

 

山形に音楽家を招聘し、その公演を主催 するようになってから、彼此20年余が 過ぎた。当初は国内の音楽家を呼んでいた のだが、それなりに運営を恙無く出来ること がわかると、無謀にも海外の音楽家をも、そ の対象としてしまった。我々の嗜好は、ブラジ ルを中心とする南米の音楽であるが故に、も ちろん招聘するのも地球の裏側からの音楽家 たちだ。30時間程の、気の遠くなるような時 間を費やして、彼らはやってくる。漸く日本に 辿り着いても、そこからはツアーという、過酷 な旅が待ち受けている。勿論観光に十分な 時間を割くことはできない。だからせめて、山 形を公演の場として選んでくれた彼らに、何 かの形で旅の記憶を残したい、と思うのは、 主催者として至極尋常な心情であろう。 そのために、何をすべきか。食事しかない。 食は、旅の記憶と強く繫がっている。たとえ 旅の景色が色褪せても、食の悦びを脳は忘 れない。それは食い意地の張った私に限った ことではないだろう。では彼らに、一体何を 食べさせれば良いのか。幸いにして山形は食 材の宝庫である。映画『よみがえりのレシピ』 でも取り上げられた通り、独自の伝承野菜も ある。かといって所謂「山形名物」では面白 くないし、伝統的な「和」の食事や雰囲気 は、既に旅の過程で味わっているだろう。と すれば基本は山形の食材を用いた「和」で あっても、料理も空間も独創的で、山形の今 を感じられる店が良い。  前置きが長くなったが、そんな視点で選ん だ山形の店を幾つか紹介する。どの店も映 画祭の会場から遠くない場所だ。 「本 ほんちょうきんろく 町金六」は、外観は古典的だが内装 は現代的な地物野菜と肉料理の店。お勧め は「蒸し野菜」。厳選された野菜を、大き な蒸篭で蒸して食す。彩、香り、味の濃さ、 山形の野菜の力強さが凝縮している。海外 のゲストはベジタリアンも多いので、インパク トのある野菜料理は彼らにも好評だ。 「さんろくまる」は、地物の食材を中心にし た和食と、国産ワインの店。山形産のワイン も豊富だ。ここの特徴は「だし」への拘り。 和食を象徴する味覚として、海外のゲストに も勘所であろう。だしの効いた料理と山形ワ インとの組み合わせは、新鮮な体験となろう。 山形在住のデザイナーによる店構えも極めて 斬新である。 「地鶏割烹かわしま」は、比内地鶏を中心 とした鶏料理の店。暖簾を潜ると、隠れ家の ようでいて洗練された空間が待ち構えている。 比内鶏といっても庄内産のもので、秋田から 雛を仕入れ、独自の方法で飼育されている。 弾力のある歯ごたえと、濃厚な旨味が口腔を 満たす。鶏以外の食材も抜群だ。  食の好みは個人的なものだから、万人が 美味しいという店など勿論あり得ない。しか しこれらの店は、料理も店としてのコンセプト も、とても独創的だと思う。映画祭には国内 外から多くの方々が訪れるが、ぜひ刺激的な 食の機会を得て欲しい。忘れがたい記憶とな るような食が、山形にはある。 

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映画と音楽の新たな波が出会うとき  ―ペレイラ・ドス・サントスとジョビン 

 

長年ブラジル音楽を中心に、ラテン・アメリカの音楽を追いかけて きた。それが昂じて南米のアーティストを山形に招聘する活動を続 けている。個人的には映画にも目が無いので、山形国際ドキュメン タリー映画祭(YIDFF)は毎回心待ちにしている。YIDFFには様々な 国々の映画作家による作品が集まるが、その中で自分が鑑賞する 作品を選ぼうとすれば、ラテン・アメリカの作品、特にブラジルの作 品に目を奪われてしまう。 YIDFFと所縁の深いブラジルの映画監督といえば、故ネルソン・ ペレイラ・ドス・サントス(1928–2018)である。1999年に審査委員 長を務めたさいには『乾いた人生』(1963)が上映され、それを機 縁として翌年には、大島渚を実行委員長に東京のアテネ・フランセ 文化センターで監督作品特集が開かれた。さらに2001年には『主 人の館と奴隷小屋』(2001)が特別招待されている。その後、2010 年にも、YIDFF協力の下、アテネ・フランセ文化センターで特集上 映が開催されており、日本で最も名前の知られたブラジル人監督 の一人だろう。  ブラジル映画の改革者として「シネマ・ノーヴォ」を牽引した彼 が、最晩年のテーマとして選んだのが、アントニオ・カルロス・ジョ ビン(トム・ジョビン:1927–1994)であった。ジョビンはご存知のよ うに、ボサノヴァを創造した、20世紀を代表する世界的な作曲家 である。ブラジル映画界に新風を吹き込んだペレイラ・ドス・サント スが、ブラジル音楽に新しい潮流をもたらした同年代のジョビンを テーマとしたのは至極当然のようにも思われる。伝記『アントニオ・ カルロス・ジョビン』(エレーナ・ジョビン著、国安真奈訳、青土社)を 紐解くかぎりでは、同じくシネマ・ノーヴォの旗手グラウベル・ロー シャが、ジョビンに映画への出演依頼をしたとの記述がある一方で (ジョビンは断ったという)、ペレイラ・ドス・サントスとジョビンの 直接の繫がりは見出されなかったものの、2010年の監督来日時に 『ラティーナ』誌のインタビューで言及していた通り、『アントニオ・ カルロス・ジョビン(A Musica segundo Tom Jobim)』(2012)、『ト ム・ジョビンの光(Luz de Tom)』(2013)の二部作を発表する。  前者は、ジョビンの数々の名曲を各国の著名アーティストが歌 い演奏する映像フッテージを、自在に編集して繫いだ作品で、彼 の音楽がいかに世界中で愛されているかが自ずと浮かび上がってく る。他方、上掲の伝記をもとに撮られた後者では、ジョビンの人生 に大きく関わった3人の女性、エレーナ(ジョビンの妹)、テレーザ (最初の妻)、アナ(二番目の妻)が、豊かな自然を背景にそれぞ れモノローグで、ジョビンの生涯や創作をめぐって語る。ペレイラ・ ドス・サントスの遺作となった本作は、今回のYIDFFが日本初上映 であり、映画と音楽、どちらのファンにとっても必見だ。  ジョビンは幼いころから祖父に自然についての教えを受け、自然 に対する畏敬と一体感を持ち、創作の源としてきた。彼は森の中で 耳を澄ませると、「もう出来上がった形で音楽が聞こえてきた」と述 べたという。エコロジストという概念が生まれる以前から、彼は生 粋のエコロジストなのだ。ブラジルは現在、無計画で野蛮な開発 が横行し自然破壊が猛スピードで進行している。アマゾンの大火災 という残念なニュースも飛び込んできたばかりだ。果たしてジョビン が生きていれば、この状況に何を思うだろう。

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